FC2ブログ

十五少年漂流記

  時間がたっぷり出来たのに、趣味が見当たらないとボヤく人に、子どもの頃熱中したことを思い出すと良い・・・と言う話はよく聞く。

  自由に使えるお金を得られる大人になって、本を再読することなど例外を除きなくなったのだが、それほど豊かではない子ども時代には、親が買ってくれる数少ない本を何度も何度も読み返すしかなかった。なかでも大好きだったこの物語、当時読んだのは多分子ども向けの妙訳だったのだろうが、あらためて図書館で『十五少年漂流記』(ジュール・ヴェルヌ著、椎名誠、渡辺葉訳)を、新型コロナによる臨時閉館になる前に借りていた。
十五少年
  少年の時代に無闇に心踊らされた冒険物、ニュージーランドの寄宿学校の生徒を乗せた帆船が、南洋の無人島に漂着する。8歳から14歳の少年15人だけで、この苦境をどうやって切り抜けるのか。もう読み始めたら止まらない、いつも図書館で速読する新書の倍はあろうかと言う400数十ページ、多分50数年ぶりの再読になる。

  冒険物フィクションなのだが、今気付くのはこの本が出版された時代(1880年)のころの欧米社会のあり方に基づいて書かれているであろう様々な事柄には驚かされる。既に多民族(イギリス、フランス、アメリカなど)が同じ学校が寄宿しながら学んでいること、少年たちが今でいうサバイバルの基礎技術みたいなものを持っていること(例えば銃で鳥を撃ち、それを料理して食べることなど→現代の日本人の多くは出来ないのではないか)、この小さな社会の中でのリーダー選出法(多数決による、黒人は投票権がない)、年少者への教育・・・

  この歳になって読んでみても、くだらないTVをダラダラ観るより、十分に面白い冒険譚。全てが分かったような振る舞いしがちな、冒険心がなくなったと感じている大人にオススメしたい。

「人生は最後に間違える」

  今週の「週刊現代」(3/21・28号)の新聞広告にちょっとどきっとしたシニアが多いのではないか。

  巻頭大特集として『人生の後半に取り返しのつかない「決断」「選択」しないために』という副題のついた『人生は最後に間違える』という記事の題名に吊られてついつい読んでしまう。(読み放題アプリにて)
DSC_6386.jpg
  以下の10のケースが取り上げられている。
①長男に「財産」を分けた途端の悲劇
②「老人ホーム」に入った途端の悲劇
③家を売って「小さなマンション」に引っ越した途端の悲劇
④憧れの「田舎暮らし」を始めた途端の悲劇
⑤「ボランティア」に参加した途端の悲劇
⑥「妻」に先立たれた途端の悲劇
⑦死別して「再婚」した途端の悲劇
⑧「子どもと同居」を始めた途端の悲劇
⑨働くのをやめて「悠々自適」になった途端の悲劇
⑩老後資金で「投資信託」を始めた途端の悲劇

  中身はここでは紹介しないが、この手の週刊誌の主たる購買層はシニア、特に男性なのだろう。オジサンたちの悩みを逆手に取った、売らんがための本当に上手い「キャッチ」を考えるものだと感心する。(写真は本文とは関係ありません)

「家畜がくれた死の贈り物」

  「新型コロナ」で世界中が大騒ぎが起きている中、これほどタイムリーな本はないと思われる一冊である。

  ちょうど読んでいた世界的ベストセラー、『銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎』 (草思社文庫、ジャレド・ダイアモンド著)、この第11章「家畜がくれた死の贈り物」が歴史を紐解けば、現在の「新型コロナ」を予見させているように見えてしまうからだ。
51U6f63ccKL.jpg
  人類は進化の歴史の中で狩猟採集の生活から、牧畜や農耕を始めて生産性が上がったことで人口の稠密度が高くなっていく。ある程度、人口が密集して住む状態にならないと決して感染症は発生しない。病原菌の多くは「動物由来」が多く、例えば、牛固有の疫病があるとき突然変異で、人に感染するようになることから生じるという。天然痘、インフルエンザ、結核、マラリア、ペスト、麻疹(はしか)、コレラなど・・・そしてしばしば人類はこの感染症に襲われて来た。

  2世紀頃、天然痘がローマ帝国を襲い何百万人のローマ市民の命を奪う。14世紀になるとシルクロードの交易が盛んになると、ヨーロッパでペスト(黒死病)が爆発的に流行り、当時の人口の1/4と云われる人が死ぬ。スペイン人がインカ帝国を滅ぼしたのも、鉄砲などの武器によるものより、免疫を既に持っていたスペイン人が免疫を持たない新大陸の人々にもたらした病原菌によるのではないかと言われているそうな・・・

  今回の「新型コロナ」もコウモリの病原菌からの派生でないかと疑われているそうだが、こうした歴史を学べば決して「未曾有」のことでも、「想定外」のことでもない。TVは相変わらず「新型コロナ」騒ぎの一辺倒で面白くない、行くところも限られている今、こうした歴史を良書で読むのも悪くない。



なめとこ山の熊 (宮沢賢治を「価格¥0」で読む)

  先日観た映画とある本(別途書きます)の影響で、ふと「宮沢賢治」が読みたくなる。

  「読書が好き」とか言いながら、実は宮沢賢治は「雨ニモマケズ」の一節しか思い浮かばない私、これでは「エセ読書好き」と言われても仕方がないではないか。Amazonのkindle本で探してみると、宮沢賢治は「著作権切れ」なのか「価格¥0」が並ぶ。
なめとこ
  童話で非常に短いので病院の検査待ち時間(20分)に読めてしまうほど、ただし社会の不条理や熊を撃つ猟師の優しい気持ちなど、もう一度気になる箇所を読み返してしまう。

  電子書籍化するために買った「kindle paper white」、著作権切れの名作を読むだけのためでも、価値があるのではないかと思う。夏目漱石、芥川龍之介、太宰治、ドストエフスキー・・・知ったかぶりして、実のところ読んだことがない作家がごまんといる。挫折がこわくて、なんとなく敬遠していた、仕事に直接関係ないとか、実学で役に立ちそうもないとか・・・思って読んでいない名作、まずはページを開いてみようと思う。

アンナ・カレーニナの原則

  世界的なベストセラーになったジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄(上)-- 1万3000年にわたる人類史の謎』(草思社、2010年)を読んでいる。
 
  この本の中で、ある事象(ここでは説明しない)を証明するために、「アンナ・カレーニナの原則」というのが紹介されている。知っている人は多いと思うが、知らない方も多いと思うので紹介してみる。

イワン・クラムスコイ作「見知らぬ女」(1883年)、Wikipediaよりお借りしました
600px-Kramskoy_Portrait_of_a_Woman.jpg
  トルストイ『アンナ・カレーニナ』の冒頭に、「幸せな家庭は皆同じだが、不幸な家庭はさまざまに不幸だ」とある。家庭が幸せになるには、夫婦の金銭感覚や宗教観など、複数の考えが一致する必要があり、これら全てが一致していれば「どれも似たもの」になる、というのだ。

  確かに、結婚生活が幸福であるためには、互いに異性として惹かれあっていて、金銭感覚が一緒で、子供のしつけについての考え方、宗教観、親類への対応など生活をともにしていく重要な事柄について二人の意見が一致していなければならない。これらの要素は、幸福な結婚生活の実現になくてはならぬものであり、一つとして欠けてしまえば、その他、もろもろの条件がすべてそろっていたとしても結婚生活は幸福なものにはならない。

  しばらくぶりに、高尚な「人類学」の本を読みながら、我が頭は脱線して極めて俗な「結婚論」を考えているのでした。(あの芸能人は、だから離婚したんか・・・)

プロフィール

風城しん

Author:風城しん
1950年代半ば生まれ。時間があるのでいろんなことに興味を持つ。日々、思うこと、感じたことを少しずつ書き留めて行きます。

2019年2月『直腸癌ステージⅢ』の宣告を受けて即入院手術。4月より半年間の抗がん剤治療、その後、一時的ストマ(人工肛門)閉鎖手術を年末に終え、現在は「経過観察フェーズ」。

【撮影機材】
ニコンD750
AF-S NIKKOR 20mm f/1.8G ED
AF-S NIKKOR 24-70mm F2.8E ED VR
AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR
Ai Nikkor 50mm/F1.4S
AF-S Micro NIKKOR 60mm F2.8 G ED

ニコン1/J5
ニコン1/V2
1 NIKKOR VR 10-30mm F/3.5-5.6 PD-ZOOM
1 NIKKOR VR 6.3-13mm F/3.5-5.6
1 NIKKOR VR18.5mm F/1.8
1 NIKKOR VR 30-110mm F/3.8-5.6

iPhone 7

ランキング参加しています

応援よろしくお願いします

アクセスカウンター

2013.5.2 設置

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR