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小田原フラワーガーデン写真展

  所属する「神奈川写真会」の小田原フラワーガーデンでの写真展チラシを開催日まで本ブログ先頭に掲示します。小田原フラワーガーデンは入場無料、駐車場完備。
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  お近くの方、秋の薔薇のシーズンでもあり、もしお暇でしたら覗いてみてください。(なお、このチラシ表示とは異なり開催期間は大幅延長されて、10月20日より11月8日となっています)

THE PROMISE/君への誓い

  このところご無沙汰していた映画鑑賞、ちょっと重めの歴史ドラマ『THE PROMISE/君への誓い』(原題:The Promise、2016年、アメリカ)を視聴する。

  ナチによるユダヤ人虐殺は知ってはいても、20世紀初頭に起きたオスマン帝国(現・トルコ)によるアルメニア人虐殺なんて、多くの日本人は知らないだろう、私のその一人。トルコ人はイスラム教徒、アルメニア人はキリスト教徒だからなんて、単純な話ではないのだろうが、第一次世界大戦の緊迫感や恐怖感が輪をかけたのだろうか、一説によると150万人ものアルメニア人が殺されたという。(現トルコ政府は否定している)』
プロミス
  アルメニア人青年が、医師を目指して首都コンスタンチノープル(現イスタンブール)の医科大学に入学。彼はそこで下宿先の娘の家庭教師で同じアルメニア人の女性アナと出会い心惹かれる。しかし彼女にはアメリカ人ジャーナリストの恋人がいた。やがて第一次世界大戦が始まりオスマン帝国も参戦、国内ではトルコ人の民族主義が高まり、アルメニア人への迫害の脅威が迫る。一方、政府によって強制移住させられるアルメニア人の集団を取材していたジャーナリストは、そこで恐るべき光景を目撃してしまう・・・

  3年前に観光で訪れたイスタンブール、活気があってエキゾチックで、人はとても人懐っこかった印象が強いが、アルメニア人がユダヤ人同様、世界中に広がっているのも事実。最近の事として記憶にあるバルカン半島(旧ユーゴスラビア)あたりといい、人種、民族、宗教などに関わる迫害の歴史は、今の時代の「Black lives matter」まで形を変えながら、綿々と続いている。(自分は本当に世界史を知らない・・・)

紅葉撮影スポット下見散策

  ネット上で飛び交っている今年の美しい紅葉の写真などを見ながら、どこか行きたいなぁと一人ウズウズしている。

  県内の人だって名前は知っていても、何があるんだろうか詳しく知る人は少ない神奈川県西部の南足柄市(失礼)、地元の写真好きの方に案内されて行ってみる。本命の大雄山最乗寺の前に訪れた静かな「長泉院」というお寺、墓前に花を手向ける人以外には全く出会わない。
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  紅葉は気温が十分に下がり、日照時間が短くなると色付くらしいが、まだその条件を満たしていないのかまだまだなのだが、一枚だけフライングして色付いた葉を見つけました。(写真)

  遠くまで行かなくても紅葉を楽しめそうな場所、今のうちにリサーチして、天候や時間帯を考えて行こうという作戦です。

ジャンクション夜景

  このところZ50ばかり持ち出して、D750(フルサイズカメラ)が怒っているのではないかと、都会の街歩きに持ち出したみた。

  この間の木曽駒ヶ岳のような大自然相手でも同じだが、明るい昼間ではなく夕暮れのブルータイムの時間帯に撮影するのが好きだ。撮影場所は京王線初台駅そばの首都高速道路のジャンクション。(東京都新宿区)  
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  天気は生憎の曇り空、でもこの時間帯ならあまり関係ない。レンズは広角20mm、絞りF11、SS 8秒で対向車のヘッドライトが流れる面白い構図になった。(水平が取れていないのがご愛嬌、かえってこの方が良い?)

  主に私鉄、地下鉄利用の都内の移動、重たい三脚(1.5kg)をカメラバッグに入れて、レンズ3本と担いで行きました。(この日は結局1万歩近く、都心は階段の上り下りが多く、平地の散歩などよりずっと疲れる)

「ガンダーラの仏像と仏伝浮彫」展 

  「ミュージアム巡り」も好きなことの一つ、このところコロナであまり遠くまでは行っていなかったが、「半蔵門ミュージアム」(東京都千代田区)で開催中の『ガンダーラの仏像と仏伝浮彫』展に行ってみる。(2月28日まで、こじんまりした初訪問のミュージアムですが、なんとここは入館料無料)

  「ガンダーラ」と聞くと、ゴダイゴの曲名しか思い浮かばない(歳がバレる)文化的素養がない私だが、パキスタンとアフガニスタンのあたりに存在した紀元前6世紀から11世紀の古代王国ということらしい。
ガンダーラ
  この地でギリシャ、シリア、ペルシャ、インドの様々な美術様式を取り入れた仏教美術、すなわち「ガンダーラ美術」として有名になる。インドで生まれた仏教は当初、仏陀そのものの偶像を崇拝することを否定していたが、この地でギリシャ文明と出会い、仏像を初めて生み出す。そしてインドをはじめ、中国や日本にも伝播していく。ガンダーラの仏は少々鼻が高い(民族が違う)が、一緒に展示されていたずっと後世の鎌倉時代の運慶作の大日如来坐像(重文)などは明らかに影響を受けている。

  私の「ミュージアム巡り」は宮城の単身赴任中に無料駐車場がある仙台市博物館や宮城県立美術館で芽生えた。幸いにして、首都圏には数え切れない美術館や博物館がある。時間もたっぷりあり、好奇心もある今のうちにいろいろ行こうかと画策している。

日本人は台湾で何をしたのか

  最近の新聞などを見ていると、コロナの対応などで台湾の評価が著しく高く、賛美している論調が多い。台湾駐在経験者として台湾の歴史にはかねてより興味があり、たまたま図書館で手に取った『日本人は台湾で何をしたのか―知られざる台湾の近現代史 』(国書刊行会、鈴木 満男著)を読む。

  中国本土の共産党政権などと比較して、「台湾は民主的」と思っている人が大半だと思うが、その民主国家としての歴史は意外と浅い。戦後、蒋介石政権が本土から逃げて来て以来、法など無いに等しい「戒厳令」がなんと1987年まで施行されていた国なのだ。李登輝元総統の就任が1990年、つまり民主化してから30年しか経っていないことになる。
日本人は台湾で
  この本は著者が昭和44年(1969年)に台湾で研究(文化人類学)を始めた頃の話がベースになっている。その頃は、自由な政治的発言は許されず、日本語を大っぴらに話すことすら憚られていたような暗い側面を持った一党独裁のレーニン主義的な国だったとは驚く。また日本が支配していた時代の、台湾人の「皇民化」政策(ある種の「日本人化」、全国民への教育)など、一体何を目指していたのだろうか不可思議極まりない。元々、台湾にいた人々(本省人、台湾語が主たる言語)がこれまで日本語が「国語」だったのが、いきなり北京語が「国語」になるという苦労・・・もう一度別の視点で書かれた台湾の近現代史を読んでみたくなる。

  2007年に台湾に単身赴任した私、当時は本当に不勉強で、このような歴史を全く知らないくせに、台湾人たちに囲まれて明るく楽しく生活を楽しませてもらった。(コロナが明けたら、じっくりと旅してみたいという思いはますます強くなる)

プロフィール

風城しん

Author:風城しん
1950年代半ば生まれ。時間があるのでいろんなことに興味を持つ。日々、思うこと、感じたことを少しずつ書き留めて行きます。

2019年2月『直腸癌ステージⅢ』の宣告を受けて即入院手術。4月より半年間の抗がん剤治療、その後、一時的ストマ(人工肛門)閉鎖手術を年末に終え、現在は「経過観察フェーズ」中。

所属する神奈川写真会ホームページへは以下をクリックして下さい(2020/4月より「活動ブログ」「WEB写真展」などに投稿始めてます)

➡︎神奈川写真会HPへ

【撮影機材】
ニコンD750
AF-S NIKKOR 20mm f/1.8G ED
AF-S NIKKOR 24-70mm F2.8E ED VR
AF-S NIKKOR 70-200mm F4G ED VR
AF-S Micro NIKKOR 60mm F2.8 G ED
AF-S NIKKOR 50mm f/1.8G
AI AF Nikkor 35mm f/2D

ニコン1/J5
1 NIKKOR VR 6.3-13mm F/3.5-5.6

ニコンZ50
NIKKOR Z DX 16-50mm f/3.5-6.3 VR
NIKKOR Z DX 50-250mm f/4.5-6.3 VR

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