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追憶

  主題歌を知っているし、あまりにも有名な映画なので鑑賞済みと思っていたが、実は初見だった『追憶』(原題:The Way We Were、1973年、アメリカ、シドニー・ポラック監督)をBS録画鑑賞。

  左翼的な政治思想に傾倒する頑固な女性ケイティー(バーブラ・ストライサンド)と、スポーツが出来て文才もあり、しかもハンサムなハベル(ロバート・レッドフォード)。何もかも正反対の2人は大学で出逢い、卒業後それぞれの道を進む。偶然、再会し恋人同士になり、紆余曲折の末結婚。ハベルは脚本家としてハリウッドで徐々に認められ、二人の間には子が出来る。だが「赤狩り」(政府が国内の共産党員およびそのシンパを、公職を代表とする職などから追放すること)をキッカケにへ、お互い疲れ果てて破局。そして、時が経ちまた再会・・・(原題の「The Way We Were」の方がしっくり来る)
追憶
  描いている時代は第二次世界大戦前から戦中、そして戦後なのだが、こんな相手によく戦ったなあと思うほど、今見てもリッチ(古い表現)なアメリカの生活。それにしても、選び放題のいい男(憧れちゃう)が、こんな「ややこしい」「妥協を知らない」女性を選ばなくてもいいんじゃないと、ツッコミを入れたくなるが、こういう形の恋愛という当時の流行りなのか。

  最近、長い(大体2時間)映画に対する鑑賞意欲が湧かない、これはひょっとして加齢による好奇心や集中力の欠如かと思われるほどの久々の映画鑑賞。(映画の途中、バーブラ・ストライサンドの顔が「京唄子」に思えて可笑しかった)

#追憶』
#The Way We Were

ドライブ・マイ・カー

  アカデミー賞作品賞にノミネートされてから行こうと思ったミーハーではなく(強調)、前々から観ようと思っていた『ドライブ・マイ・カー』(2021年、濱口竜介監督)を映画館視聴する。

  (この節は引用)脚本家である妻と幸せな日々を過ごしていた舞台俳優兼演出家、妻はある秘密を残したまま突然この世から消える。2年後、悠介はある演劇祭で演出を担当することになり、愛車のサーブで広島に向かう。口数の少ない専属ドライバーと時間を共有するうちに悠介は、それまで目を向けようとしなかったあることに気づかされる。
ドライブマイカー
  3時間という長尺の映画、劇中のチェーホフ劇、そこでは多言語(中国語、韓国語など)のセリフに、手話まで加わるし、妻の寝物語も妙なストーリーで容易に頭に入ってこない。自身がハルキスト(村上春樹)でもなく、純文学をそのまま映像化したって感じで、ストレートにそのまま感動したという風には個人的には書けない作品だが、長くて退屈には思わなかったし、余韻が凄く残る映画だった。

  専属運転手が操る「サーブ900」という真っ赤なクルマ、車内での会話や走っている姿がこの映画のキー。(古いクルマを大事に綺麗に使うってクール)

#ドライブ・マイ・カー

私をスキーに連れてって (掲載2回目)

  夕食時にダラダラ飲んでいたら、BS放送で突如始まった『私をスキーに連れてって』 (1987年、原田知世、三上博史主演)を普段は決してしない生視聴。(何度も観てるので、まあいいか)

  この映画の制作年には、既に子どもがいたので、映画の主人公たちより、少しばかり上の世代なのだけれど、スキーブームだったあの頃を懐かしく思い出す。ユーミンの曲(この映画では「恋人がサンタクロース」)が必ず流れるゲレンデ、スキー場に行くには4WDやスタッドレスタイヤだよねという風潮、詐欺師のような「ゲレンデ美人」(失礼)・・・
私スキ
  この映画から35年、来週末にこの映画のロケ地である志賀高原スキー場を滑る予定。「彼女が出来たらスキーに誘う」が当時の流れだが、そんなことは今あり得ないので、一緒に滑ってくれる友人も、「危ないから」「〇〇が悪いから」などと、最早思い浮かばず、「誘った相手は息子」と相成る。

  「私をスキーに連れてって」・・・

#私をスキーに連れてって

黒部の太陽

  昨年秋に行った「黒部ダム」、このダム建設、特にトンネル工事を描いた映画『黒部の太陽』(1968年、三船敏郎、石原裕次郎主演)がBSで放映されていたので録画視聴。

  あの峻険な黒部渓谷へ膨大なダム建設資材を運び込むために計画された、ダム建設地と長野県大町市を結ぶ大町ルート。その要となるのが、北アルプスを貫く5,430.6mの大町トンネル(現・関電トンネル)、現在は観光目的の「立山黒部アルペンルート」の一部で、電動バスでわずか16分で通過する。そして、最も難しいと言われたトンネル工区を請け負ったのが熊谷組、完成までの苦闘をその下請け企業の視点中心で描くノンフィクション的作品。
黒部の太陽
  下請け会社の社長、いや昔気質で今ならパワハラで訴えられること確実な親方(辰巳柳太郎)と息子(石原裕次郎)の凄まじい親子の葛藤、関西電力の現場責任者(三船敏郎)の娘の難病など家庭問題のような様々なエピソードが散りばめられているが、メインは、頻繁な山崩れと大量の水がトンネルを襲う、わずか80mほどの「破砕帯」をどう克服するか。経営者から現場指揮官、末端の土工(映画ではこういう表現が使われている)まで、当時の日本のほとばしるパワーみたいなものを感じる。(この映画を観て「立山黒部アルペンルート」に行かれると感慨深いだろう)

  (蛇足)戦後の深刻な電力不足により、復興の遅れと慢性的な計画停電が続き、深刻な社会問題となっていた。この打開策として、大阪府の電力需要の50%(25万kW)を賄うことが出来ると、膨大な工事費がかかる黒部ダム建設を決断したとある。あの東日本大震災で重大事故を引き起こした福島第一原子力発電所の1号機が46万kW(予定していた6号機は110万kW)だから、あれほどの巨大ダムも発電量なんてわずかなものだと思ってしまう。

#黒部の太陽
#三船敏郎
#石原裕次郎

愛と哀しみの果て

  1986年アカデミー作品賞『愛と哀しみの果て』(原題:Out of Africa、1985年、アメリカ、監督シドニー・ポラック。主演メリル・ストリープ、ロバート・レッドフォード)、161分と長尺過ぎて、しばらく録画したまま放置していた。

  デンマークの代表作家イサク・ディーネセンの自伝的小説、アフリカの大地に魅せられてコーヒー園を経営する1人の女性の恋と仕事の波乱の半生を描く。
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  内容についてここではあまり触れないが、およそ100年前のヨーロッパ貴族社会、ヨーロッパ人のやや「上から目線」のアフリカ統治(今のケニア)、アフリカの自然美、アフリカ原住民の生活などを描きながら、後に有名作家になるデンマーク貴族女性の「女一代記」という感じ。

 ややとってつけたような和題に違和感を抱くと同時になんでこれがアカデミー賞なの・・・

#愛と哀しみの果て
#メリル・ストリープ
#ロバート・レッドフォード

プロフィール

風城しん

Author:風城しん
1950年代半ば生まれ。時間があるのでいろんなことに興味を持つ。日々、思うこと、感じたことを少しずつ書き留めて行きます。

2019年2月『直腸癌ステージⅢ』の宣告を受けて即入院手術。4月より半年間の抗がん剤治療、その後、一時的ストマ(人工肛門)閉鎖手術を年末に終え、現在は「経過観察フェーズ」中。

所属する神奈川写真会ホームページへは以下をクリックして下さい(2020/4月より「活動ブログ」「WEB写真展」などに投稿始めてます)

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【撮影機材】
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