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同級生O君の闘病スプリット(続々)

  今年の2月からの3種類目の抗がん剤治療は入院2泊3日で、点滴がなんと50時間に及んだものだと聞く。

  4週毎にたった2時間の点滴で、第5クール目の点滴を拒絶した私からみたら、なんとも凄まじい治療だろう。そんな中でも、彼は体調が悪いはずなのに、タイミングを見計らってか、出かけようとしていた。相当辛かったはずの4月初旬に一緒に桜を撮りに歩いたり、4月中旬には私の所属する写真クラブの写真展にわざわざ来てくれた。  
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  最後に私が屋外で彼を見たのは、これも無理に私が誘った感が強いのだが、GWに高校時代の友人たちとのBBQ。長時間はもう無理だったからだろうか「顔見せだけね」と参加して、持ってきたくれたサザエを上手に捌いてサザエの刺身を作ってくれた。(写真)

  このとき既に抗がん剤治療はこれ以上やらない(つまり緩和ケアに入る)ことを告げられていたと後で聞いた。来年の桜が見れないという気持ちは如何許りだったのだろう。

#闘病スプリット

同級生O君の闘病スプリット(続)

  このブログを書くにあたり、亡くなった同級生O君との、ここ2年間のやり取りのメールやLINEを全て読む。

  2020年7月の最初から、今年(2022年)の4月まで続いた抗がん剤治療は、全て同じではなく、都合3種類の薬を使ったことになる。私に医学的に明快に説明は出来るほどの知識、見識はないが、要は当初は術後残っている微小ながん細胞を叩くはずだったが、肝臓に影が出来てしまい、今度はそれを小さくするために、そして最後は肺にも影が出て、もっと強い抗がん剤を使わざるを得なかったということだと思う。(写真 2021年8月 真夏の彼の畑でミニトマト収穫)
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  そんなことで2年目になると頻繁に体調不良や発熱、彼の休業期間で体調がよろしそうな頃合いをメール連絡しながら、畑仕事の手伝いや写真撮影などに出掛けていた。(私は全く反比例するかのように、体調が良くなり体力も復活、病前と同様な色々なアクテビティが出来るようになっていった)

  彼のメールを見返しても、「辛い」「もうやめたい」「効果があるんだろうか」などという文言は最後まで一切ない。記憶に残る会話の中にも弱気な言葉などなかったはずだ。私はたった半年の抗がん剤治療(薬は違う)で、主治医に「辛いからパスしたい」「第6クールまでやるエビデンスは?」などと言ったのとは大違い。

  最後の面会(逝去の一週間前)も、愚痴の一つもこぼさずに、笑顔で私が持っていった写真(天の川)を「こんなの撮りたかったんだよね」なんて、褒めてくれた。(置いていったこの写真、最後まで彼の個室病室に飾られていたそうだ)


#同級生
#闘病スプリット

同級生O君の闘病スプリット

  実は私自身の叔母、叔父も「ステージⅣ」の膵臓がんで、ここ数年の間に亡くしている。

  O君も膵臓がんだったが、叔母叔父と違い、「ステージⅡ」という早期発見で手術が出来た。だから最初の抗がん剤治療は「術後補助化学療法」と呼ばれるもので、一定期間、化学療法を受けると、再発しにくくなったりするというものだったと思う。彼はこの治療中、食事をしっかり摂ろうとしたり、歩いたり畑仕事をしたり、体力を保とうとしていたことがメールでもヒシヒシと伝わってきた。
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  自分自身経験したが、抗がん剤治療中はどうしようもない倦怠感や食欲不振に襲われる。そんな中、最初の冬にスキーに行こうと計画しているという。やんわりと無理しない方がいいんじゃないのとメールしたのだが、娘さんと既に行ったという。しかも2回目も計画中、私も病気明けの再再開スキーということで、同じスキー場へ向かう。(上写真、昨年1月「富士見パノラマリゾート」スキー場)

  抗がん剤治療中のスキー、青い空に白銀の八ヶ岳を眺めながら、息が切れて休み休みに滑る彼の後ろを追う。(自らの病と対峙するスプリット、スゴイ)

#闘病スプリット

同級生O君の訃報

  非常に親しく付き合ってもらっていた高校の同級生O君の訃報が届く。

  彼はちょうど2年前に、膵臓がんの手術を受け、その退院直後から、がん患者の先輩格(?)である私と、抗がん剤治療の四方山話など、頻繁にメールやLINEのやり取りをしていた。2020年ということで、ちょうどコロナ禍の最中ではあるが、お互いに誘い合って好きな写真を撮りに行ったり、更には彼が借りている畑では収穫など手伝ったりして、この2年で最も「リアルな接触」をした友人ということになる。(写真 種蒔きはこうするんだよと教えてくれたO君、昨年9月)
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  訃報には「突然の〜」という枕詞がつくことが多いのだが、具合が随分と悪くなった終盤には、彼の奥さんとも細部にわたる病状をLINEで話していて、緩和ケアから今月初めに余命宣告、個室に移って近親者との「お別れ」にも行っていた自分には、この訃報は決して唐突ではないはずなのだが、とても大きな空虚感がどうしようもなくのしかかる。

  遊んでくれる友の早すぎる逝去、とっても悲しい。(書ききれないので続く)

#同級生
#訃報

「三年生」卒業

  最初にできたがんの部位は「原発巣」と呼ばれるが、私の場合はこれが「直腸」。

  あの手術から約3年、CT造影検査や内視鏡検査など諸々が今月行なわれて、昨日「再発転移を認めず」との診断、このところ不安に感じていた胸をホッと撫で下ろす。
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  こうして元気でいられることに、ただただ感謝。

プロフィール

風城しん

Author:風城しん
1950年代半ば生まれ。時間があるのでいろんなことに興味を持つ。日々、思うこと、感じたことを少しずつ書き留めて行きます。

2019年2月『直腸癌ステージⅢ』の宣告を受けて即入院手術。4月より半年間の抗がん剤治療、その後、一時的ストマ(人工肛門)閉鎖手術を年末に終え、現在は「経過観察フェーズ」中。

所属する神奈川写真会ホームページへは以下をクリックして下さい(2020/4月より「活動ブログ」「WEB写真展」などに投稿始めてます)

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【撮影機材】
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