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承久の乱 日本史のターニングポイント

  現在放映中の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』や、ほぼ同じ時代を扱った1979年放送の『草燃える』を観て、この時代への知的好奇心が首をもたげて、『承久の乱 日本史のターニングポイント』 (文春新書、本郷和人著)を 読む。

  信長や秀吉の戦国時代や源平合戦に比べて、鎌倉幕府の成立、特に北条執権政権の歴史に詳しいなんて人はオタクに限られるのではないか。ましてや「承久の乱」を正しく説明できる人などそうそういまい。それを最近の本やTVの歴史番組で有名な著者が、平易に面白く解説していく。
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  まずビックリするのは、この当時の武士の「殺生」感覚、通りがかりの乞食を矢で射って首を晒すなんて茶飯事、生きる為には他人の命を奪うことをなんとも思わないという現代の我々が持ち得ない倫理観。「鎌倉」とはこんな中での、言わば自警警察的安全保障集団、それも東国政権に過ぎず、その中心は駿河、伊豆、相模、武蔵で、この四ヵ国以外の御家人は、鎌倉幕府の中枢に入ることはない。こうした土地が命より大事な「在地領主」としての武士の利害を代表する「鎌倉」と、荘園領主の権益を守ろうとする「京都」の抗争が「承久の乱」。

  ともかくこの乱で、朝廷(皇族・公家)から幕府(武士)に政権が移るという日本史上の大事件。(簡単にまとめ過ぎですが、この本なかなか面白い)

#承久の乱 
#日本史のターニングポイント
#本郷和人
  

コメント

No title

風城しん様
おはよう御座います。

承久の乱にしても応仁の乱にしても
発端にあるのは天皇の都合ですよね。
その他の内乱に関しても多かれ少なかれ
天皇が原因になっています。
それでも昭和になるまで神として崇拝
してきた日本人て何なのでしょう。

愛新覚羅

Re: No title

その問いに答えられるほどの見識を持ち合わせませんが、古代は別として
長く「権力を持たなかった」のは事実。承久は「権力にちょっかいを出した」、
応仁は「権力に利用された」だけとも言えそうです。

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プロフィール

風城しん

Author:風城しん
1950年代半ば生まれ。時間があるのでいろんなことに興味を持つ。日々、思うこと、感じたことを少しずつ書き留めて行きます。

2019年2月『直腸癌ステージⅢ』の宣告を受けて即入院手術。4月より半年間の抗がん剤治療、その後、一時的ストマ(人工肛門)閉鎖手術を年末に終え、現在は「経過観察フェーズ」中。

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